この想いは届かない、けれどそばに居られる、今はただ『それだけでうれしい』

画像
『それだけでうれしい』 松田円 まんがタイムコミックス

初めて好きになった人は幼なじみでした。子供の頃からの腐れ縁で、大人になった今も変わらぬ関係。密かに温め続けてきた想いはうち明けられぬままだけど、そばに居られる今のこの関係に幸せを感じる。惚れっぽい幼なじみは他の人のことを好きになってしまうこともあるけれど、自分が彼の一番好きな人にはなれなくとも、彼は自分が作ったぼた餅が一番好きだと言ってくれる。今はただ、それだけでうれしい──。

作者の松田円さんといえば『サクラ町さいず』に代表されるような4コマ漫画家。その作者が、1話8ページのショートストーリーを描いているというだけで強い興味を引かれるのですが、それにも増して興味を引くのはやはりこのタイトル。『だって愛してる』と同じように、想いの深さがにじみ出ているその言葉、見る者全てを黙らせてしまう強い説得力を持つ言葉、「それだけでうれしい」。そして、そんなタイトルの良さに負けないくらいにストーリーも素晴らしい恋愛物語になっているのだから、これまたたまらないのです。

幼なじみでもある喫茶店のマスターに片思いする主人公、夕子。和菓子屋の看板娘でもある彼女は自分の店で作るぼた餅をおいしそうに食べるマスターのことが好きだった。幼い頃からの腐れ縁で、会えばケンカばかりする関係だけど、そんな日常にぬるま湯的な幸せも感じる日々。想いは届かなくとも、今はただそれだけでうれしい。でも同時にわき起こる否定できない感情、それだけでは寂しい──。この相反する二つの感情、想いを温める嬉しさと、想いが届かない寂しさ。この物語はそんな彼女の心の揺れ模様こそが最大のキモな訳です。

そんな変わらぬ二人の関係に変化が訪れるのが、夕子に持ち上がった見合い話。この二人の関係に一人の男性が加えられ三角関係となることで、物語は動き始めていくのです。移りゆく季節のように、人の心もまた移ろいゆくもの。いつまでも今までと同じ関係でいられないという寂しさを感じさせつつ、変化に対する戸惑いを覚えつつも、一歩一歩新しい関係に向け変わり始めていく感じがこれまた心地よいのです。

この漫画の良いところは、こういった登場キャラ達の心の移り変わりであることは間違いないのですが、それらが移ろいゆく年月と、巡る季節の中で情感たっぷりに描かれるのがこれまたいいんですよ。雑誌での連載が隔月ごとだったという事もあり、掲載月ごとの季節感を押し出しながら、月日が巡っていくんですよね。春夏秋冬、それぞれの季節感を出しつつ描かれる物語。桜の咲く季節を3度も巡り、彼女の出した答えとは。

ハッピーエンド好きな自分としては、あともう一押しのパンチ力のあるラストシーンが欲しかったかなという思いもありますが、それでもこの漫画らしい、この漫画のタイトルにふさわしいラストで、それはそれで心地よくもありました。

『めぞん一刻』好きの自分としては、女性1人に男性2人の三角関係とか、浪人生だった五代が保父になるまで描かれるような時間の経過や成長が見て取れる物語にはめっぽう弱い方で、そういった意味ではこの漫画も三角関係とか、移りゆく時間とキャラの変化という部分で面白く描かれていましたし、個人的嗜好に強く響く部分はありました。オススメですよ。

"この想いは届かない、けれどそばに居られる、今はただ『それだけでうれしい』" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント